







こちらのページでは江戸の産業と文化について解説していきます。
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戦国時代が終わって江戸時代になると社会は安定します。社会の安定は産業や文化の発達につながります。
農業
江戸初期、1800万石(ごく)の農作物収穫量があったのに対し、江戸後期では3000万石にまで増えました。これは新田開発(しんでんかいはつ)が進んたことが大きな要因です。文字通り新しい田んぼが開発されました。
さらに農機具や肥料も発達しました。代表的な農機具に備中ぐわ、千歯こき、千石どおしが挙げられます。

備中ぐわ
土を耕すための道具。江戸時代では百姓にも広まる。

千歯こき
収穫した稲の穂を取る機具。

千石どおし
もみが付いているもとそうでないものを選別する機具。
交通

都が京都・大阪→江戸に移ったため、その行き来をする交通が発達していきます。陸上では、図のように五街道の整備が行われました。
そして、街道をゆく人達が泊まる場所が必要となるため、五街道沿いには宿場町が発達しました。
また、江戸―大阪の航路も発達しました。江戸前半は菱垣廻船(ひがきかいせん)という船でものを運んでいましたが、時代が進むにつれて樽廻船という船に変わっていきました。
商業
交通の発達に伴い商業も成長していきます。大名による蔵屋敷の設置と株仲間の結成が大きいです。
蔵屋敷は、各地の大名が年貢米などを江戸や大坂に運び、保管して売るための倉庫です。これによって、全国の物が都市に集まり、商売がさかんになりました。
株仲間は、同じ仕事をする商人たちのグループです。みんなで協力して値段やルールを決めることで、商売が安定してうまくいくようになりました。
初代将軍家康から三代将軍家光まで、江戸幕府は武断政治という力による支配で政治を動かすスタイルを取っていました。四代将軍家綱・五代将軍綱吉のころ、政治は変わります。徐々に学問によって国を治める文治政治となっていきました。元禄文化は、この文治政治がもっとも盛んだった五代綱吉のころの文化です。現在の大阪・京都である上方(かみがた)で栄え、農民ではなく町人(特に豊かな商人)によって作られた文化です。
① 文芸
まず最初に浮世草子という新しい物語のタイプが生まれました。物語の主役は町人たちで、人生や希望を描いた作品です。
そしてもう一つの文学として俳諧が成立します。松尾芭蕉の「奥の細道」が有名です。
舞台芸術も進歩します。代表格は人形浄瑠璃と歌舞伎です。
人形浄瑠璃は現代では文楽と呼ばれています。浄瑠璃という三味線の伴奏と共に物語を語ることと、人形芝居が合わさったものです。近松門左衛門などが有名です。曾根崎心中などの演目は聞いたことがあるかもしれません。
歌舞伎は阿国という女性による歌舞伎踊りから生まれた芸術です。
② 美術・工芸
こちらはお金持ちの商人や大名たちが中心になりました。元禄文化では絵画が特に進展します。大きく大和絵と浮世絵という2種類があります。
大和絵では尾形光琳などの琳派というグループの作品が有名です。浮世絵は菱川師宣が確立したタイプです。
いつの時代も、新しいタイプを確立する人間とは素晴らしいものです。
③ 学問
江戸幕府は、中国の孔子の教えをまとめた儒学 を学ぶことを奨励した。これは、儒学の考え方が、幕府や藩が人々を支配するのに適していたためである。5代将軍の徳川綱吉は、儒学の中でも、身分秩序を重んじる 朱子学 を特に重視した。儒学の奨励は、他の学問の発展もうながすことになった。
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